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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)26号 判決 1982年2月01日

東京都千代田区内幸町一丁目二番二号

大阪ビル第二号館八六四号

原告

吉永多賀誠

右訴訟代理人弁護士

大崎康博

東京都千代田区神田錦町三丁目三番地

被告

麹町税務署長

有馬憲幸

右指定代理人

根本真

重野良二

鴨下英主

一杉直

山本高至

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告がいずれも昭和五四年三月九日付でした原告の昭和五〇年分ないし同五二年分所得税についての更正及び同五〇、五一年分過少申告加算税賦課決定(但し、同五一、五二年分についてはいずれも被告の昭和五六年七月二九日再更正により一部減額された後のもの)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は所得税の青色申告者であるが、昭和五〇年分ないし同五二年分(以下「本件年分」という。)の所得税について原告のした確定申告並びに被告のした更正、過少申告加算税賦課決定(以下右各処分を併せて「本件処分」という。)及び再更正の経緯は別表一記載のとおりである。

2  しかしながら、本件処分(但し、昭和五一、五二年分については再更正により一部減額された後のもの。以下同じ)は所得金額を過大に認定した違法があるので、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

1  事業所得の金額

(一) 原告の本件年分の事業所得の金額の計算根拠は別表二のとおりである。以下、争いのある項目につき詳述する。

(二) 本件年分の顧問料収入(別表二区分2)について

(1) 原告は弁護士であり、本件年分に別表三の支払者欄記載の者(以下「顧問先会社」という。)から顧問料として同表の金額欄記載の金額(以下「本件顧問料」という。)を受領した。

(2) 原告は本件顧問料を給与所得の収入金額に算入して本件年分の確定申告をした。

(3) しかしながら、本件顧問料は、次のとおり原告が弁護士業務の一環として行なっている法律相談の対価として得たものであるから事業所得の総収入金額に算入すべきである。すなわち、

<1> 一般に所得税法(以下「法」という。)にいう事業所得とは、自己の計算と危険において対価を得て継続的に行なわれる業務から生ずる所得であり、他方、法にいう給与所得とは、雇傭関係又はこれに準ずべき関係に基づく非独立的労務の対価として生ずる所得であって、この両者の異同は、右業務の遂行ないしは労務の提供が、前者は自己の計算と危険において独立性をもってなされるのに対し、後者は対価支払者の支配、監督に服して非独立的になされるとともに自己の計算と危険を伴わない点にあるものと解するのが相当である。

<2> そこで原告の顧問としての業務の実態を見るに

(イ) 原告は第一東京弁護士会所属の弁護士であり、本件年分当時、東京都千代田区内幸町に自己の名による法律事務所を有し、従業員四名を使用して、特定の事件処理並びに法律相談及び鑑定等の業務を内容とする弁護士業を営んでいた。

(ロ) 原告は、顧問先会社との顧問契約に基づき顧問先会社からの法律相談ないしは鑑定の依頼に応じて法律家としての意見を述べるが、右各契約はいずれも口頭でされ、具体的詳細な契約条件は付されておらず、勤務時間や勤務場所についての定めはなく、しかも常時数社との間で締結されており、これにより特定の顧問先会社の業務に定時専従する等の拘束を受けるものではなかった。

(ハ) 右契約に基づく相談等は、その都度自己の事務所において多くは電話によりなされたものであって、原告自らが顧問先会社に出向くことはほとんどないし、顧問先会社においても原告専用の机、椅子、事務室などを特に用意したことはない。また、顧問先会社からの法律相談ないし鑑定等は、あらかじめ定まった日に定期的にされたわけではなく、各社が必要とする都度不定期的になされ、その頻度及び回数は一定していなかった。

(ニ) 顧問先会社は、本件顧問契約に係る報酬の支払に当たり、法二〇四条一項二号及び二〇五条一号を適用して、これを弁護士業務に関する報酬又は料金として所得税の源泉徴収をしているが、健康保険料などの社会保険料の徴収はしていなかった。

<3> 以上の事実関係からすると、本件顧問契約に基づき原告が行なう業務の態様は、顧問先会社から監督、支配、介入等のなされる余地がほとんどなく、独立性を有し、原告が弁護士として行なう相談業務と性格を同じくし、原告が自己の計算と危険において営む弁護士業務の一態様と見るべきものであるので、本件顧問料収入は事業所得と言うべきである。

(三) 本件年分の旅費交通費(別表二区分3)について

(1) 原告は、本件年分に別表四の支払者欄記載の者から日当として同表の金額欄記載の金額(以下「本件日当」という。)を受領した。

(2) 原告は本件日当を事業所得の総収入金額に算入するとともに、同額を旅費交通費として必要経費に算入して各年分の確定申告をした。

(3) しかしながら、右金額全額を必要経費に算入することは許されない。すなわち、

<1> ある支出が事業所得の金額の計算上必要経費として控除され得るためには、客観的にみてその支出が業務と直接関連をもち、かつ、業務の遂行上必要な支出であることを要するものである。

<2> 本件日当は、事件受任の時に取り決められた報酬とは別に、事件出張の際にあらかじめ依頼者から旅費、宿泊費とともに支払われた金銭であり、その一部は旅費、宿泊費以外の出張中の少額の諸雑費の支払に充てることが予定されているから、その限りにおいては実費弁償金としての性質を有していることを否定しえないが、他面、相当長期にわたり事務所を離れて当該事件のために拘束されることに対する報酬としての性質を有することも明らかである。

<3> 従って本件日当は、使途の明確な旅費、宿泊費のようにその全額を当然に必要経費と認定することはできず、これが必要経費として事業所得の金額の計算上控除され得るためには、当該金額が弁護士業務の遂行上直接必要な経費として現実に支出されたことが明らかにされていなければならないところ、被告所部の職員が、原告の帳簿等を調査したところによれば、本件日当の使途について帳簿上その支払先、支払年月日、支払金額等が明確にされておらず、このため被告において日当に対応する金額が原告の弁護士業務と直接関連をもち、かつ、業務の遂行上必要な支出であったか否かを認定することができなかったので、被告は本件日当の必要経費算入を否認したものである。

(四) 昭和五一年分の消耗品費(別表二区分4)及び同五一、五二年分の減価償却費(同表区分9)について

(1) 原告は、昭和五一年一二月富士ゼロックス株式会社から減価償却資産であるゼロックス二二〇〇型複写機(以下「本件複写機」という。)を代金三四万円で購入し、同月中に事業の用に供した。

(2) 原告は、本件複写機の減価償却費を昭和五一、五二年分の必要経費に算入せず、代価三四万円を消耗品費として同五一年分の必要経費に算入して同年分の確定申告をした。

(3) しかしながら、本件複写機は、減価償却資産であるから、その購入代価等は減価償却資産の取得価額に算入し、これを基礎として計算した償却費相当額が右資産を事業の用に供した年以後の各年分の所得金額の計算上必要経費に算入されるべきであり、購入代価三四万円全額を昭和五一年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することは許されない。

(4) <1>ところで原告は、本件複写機を昭和四九年四月富士ゼロックス株式会社から賃借していたが、これを同五一年一二月に買い取ったものである。

<2> 減価償却資産の耐用年数等に関する省令(以下「耐用年数省令」という。)三条によれば、いわゆる中古資産を取得した場合の当該資産の耐用年数については、これを見積り使用可能期間の年数によることとしているから、その使用可能期間を「耐用年数の適用等に関する取扱通達」一-五-二により見積ると、本件複写機の耐用年数は別表五(一)のとおり二年と見積るのが相当である。

従って、本件複写機は、その償却の基礎とすべき取得価額を三四万円、耐用年数を二年として定額法(所得税法施行令(以下「令」という。)一二五条一号)により減価償却費の額を計算すべきこととなり、その額は別表五(二)のとおりとなる。

(五) 昭和五一年分寄附金(別表二区分5)について

(1) 原告は、昭和五一年中に別表六の支払先欄記載の者に対して同表の備考欄記載の寄附金として、同表の金額欄記載の金額(以下「本件寄附金」という。)を支払った。

(2) 原告は、本件寄附金を寄附金として必要経費に算入して昭和五一年分の確定申告をした。

(3) しかしながら本件寄附金は法三七条一項の必要経費に該当しないので右金額の必要経費算入を否認した。別表六のうち小島信二に対する寄附金については、租税特別措置法(昭和五三年法律五一号による改正前のもの)四一条の一四の規定により法七八条二項の特定寄附金とみなされるので、寄附金控除を認めたものである。

(六) 昭和五二年分青色申告控除(別表二区分7)について

(1) 原告は、事業所得の金額から青色申告控除額一〇万円を控除して昭和五二年分の確定申告をしたが、原告の同年分の事業所得の金額はない(損失の金額がある。)

(2) 従って、原告の同年分の青色申告控除額は零円となるので前記一〇万円は原告の確定申告に係る同年分の事業所得の金額に加算すべきである。

(七) 以上の結果、原告の本件年分の事業所得の金額は、別表二の区分10「差引事業所得の金額」欄記載の金額のとおりとなる。

2  利子所得の金額

原告の利子所得の金額は、昭和五一年分五六万〇四四一円、同五二年分一四三万二二九三円である。

3  給与所得の金額

(一) 原告は、本件顧問料を給与所得の収入金額に算入して本件年分の確定申告をした。

(二) しかしながら、本件顧問料は1(二)(3)で主張したとおり事業所得の総収入金額に算入すべきものであるから、被告は原告の確定申告に係る本件年分の給与所得の収入金額から本件顧問料に相当する金額を減算して本件年分の給与所得の金額を計算した。その結果、本件年分の給与所得の金額は、いずれも零円となる。

4  過少申告加算税賦課決定

被告は、原告の昭和五〇、五一年分の所得税につき本件処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が右処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条二項に規定する正当な理由があるとは認められないため、右納付すべき税額に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税の賦課決定をした。

5  以上のとおりであるから本件処分は適法である。

四  被告の主張する認否及び原告の反論

1(一)  被告の主張1(一)のうち、別表二区分1「確定申告額」、区分6「退職給与引当金」、区分8「旅費交通費」はいずれも認め、その余は争う。

(二)(1)  同1(二)(1)、(2)の各事実は認める。

(2)<1> 同1(二)(3)の冒頭部分及び<1>は争う。

<2> 同1(二)(3)<2>(イ)の事実のうち、原告が第一東京弁護士会所属の弁護士で、被告主張の場合に自己の名による法律事務所を有していたことは認める。なお原告は初対面の依頼者から法律相談に応じることはない。

同1(二)(3)<2>(ロ)の事実のうち、原告と顧問先会社との間の契約が口頭でされ、具体的詳細な契約条件は付されておらず、勤務時間・場所についての定めがなかったことは認める。

同1(二)(3)<2>(ハ)、(ニ)の各事実は認める。

<3> 同1(二)(3)<3>は争う。

(3) 所得税法上ある所得が事業所得に当たるか給与所得に当たるかは所得の種類により決すべきものであって、その人の職業により決すべきものではないから、原告が弁護士であることは顧問料収入を事業所得の総収入金額に算入すべき理由とならないし、本件顧問料は顧問契約により取得したものであり法律相談を行なわずとも得られるものであるから、原告のなす法律相談の対価ではない。また、顧問は常に専門的見地に立って意見又は勧告を独立に行なうのであり、その顧問先の指図に従うものではなく、非常勤を常則とし、一定の勤務場所、時間が定められないのが通常であるから、これらのことから給与所得であることが否定されることはない。

従って、被告が主張する事実はいずれも、これらを個別的に見ても、また総合的に見ても、本件顧問料収入を事業所得と断定する根拠とはなりえないものである。

本件顧問料収入は、これを得るのに何らの経費を必要としないから事業所得とみるべきではなく、顧問契約なる継続的労務供給契約に基づいて定時に定額を支払われるものであるから給与所得に当たるものである。

(三)(1)  被告の主張1(三)(1)、(2)の各事実は認める。

(2)<1> 同1(三)(3)の冒頭の主張は争う。

<2> 同1(三)(3)<2>の事実のうち、本件日当が事件受任の際定められた報酬とは別に依頼者から事件出張の際の旅費、宿泊費とともに支払われた金銭であることは認めるが、本件日当が報酬としての性質も有するとの主張は争う。

<3> 同1(三)(3)<3>は争う。

(3) 日当が報酬の性質を有しないものであることは諸法令上明確であり、本件日当は、運賃その他、他の種類のものには含まれない旅行中の昼食代その他の雑費の支払いに充てるため定額で支給される実費弁償金で清算不要の金員である。

従って、原告としては具体的な支出年月日、支出先、支出金額等を明確にする必要はなく、帳簿に記載する必要もない。支払額は受入額と同額であり、支払年月日は出張の日時なのであって、被告がこれを争うなら、必要経費を全然支出しなかったことを被告において立証すべきである。

(四)(1)  被告の主張1(四)(1)、(2)の各事実は認める。

(2) 同1(四)(3)は争う。

(3) 同1(四)(4)<1>の事実は認めるが、同1(四)(4)<2>は争う。

(4)<1> 事業所得者が減価償却資産を購入した場合において、その購入した減価償却資産の取得価額を事業所得金額の計算上必要経費に算入すべきことは法三七条に規定するところであり、その償却の方法としては法四九条、令一二〇条の方法によるのが原則であるが他の方法によって行なうことも差支えないから、本件複写機につき一時に償却するか若しくは購入年分の必要経費として損金に算入することも可能である。

<2> 原告の法律事務所は小規模の個人事業で、昭和五年に開業以来五〇年間現金主義による経理を行なっているため、減価償却資産の経理をしていない。納税者は、会計経理を税法の規定どおりに行なう義務はなく要は税金を逋脱しなければよいのであるから、原告が多年行なってきた現金主義により本件複写機の購入資金額を昭和五一年分の必要経費に算入した経理は、法六七条の二、令一九五条の規定に照らしても是認されるべきである。

なお、原告の昭和四九年分の総所得額は三〇〇万円以下であり令一九五条の要件に該当する。

(5) 技術の進歩により最近の機械に比較すると、本件複写機はすでに陳腐化し、価値を喪失したというべきであるから、その取得価額全額を一年で償却(損金処理)すべきものである。

(五)(1)  被告の主張1(五)(1)、(2)の各事実は認める。

(2) 同1(五)(3)のうち、本件寄附金が事業所得を得るための必要経費に該当しないこと、小島に対する寄附金につき寄附金控除がされたことは認めるが、本件寄附金の必要経費算入を否認するとの主張は争う。

(3) 本件寄附金はいずれも原告が人間として社会生活を営むために必要な寄附であり、小島に対する寄附以外の寄附金も法七八条により寄附金控除されるべきである。

(六)  被告の主張1(六)(1)の事実は認めるが、同1(六)(2)は争う。

(七)  同1(七)の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の事実は認めるが、同3(二)は争う。

4(一)  被告の主張4のうち被告主張のとおり過少申告加算税を賦課されたことは認めるが、その余は争う。

(二)  過少申告加算税は、故意に過少申告をした場合その他過少申告に合理的理由がない場合に課すべきであり、本件顧問料の性質、本件日当の必要経費性につき法律上の見解が異なる理由でした確定申告が過少と見られても、裁判が確定するまでは過少か否か判明しないのであるから、過少申告加算税を賦課すべきではない。

5  同5は争う。

五  原告の反論に対する認否及び被告の再反論

1  原告の反論1(二)(3)は争う。

2  同1(三)(3)は争う。

法は原告のような青色申告書を提出する事業所得者は、その事業に関する帳簿書類を備え付けて右帳簿に事業所得の金額に係る取引のすべてを記録しなければならない旨規定し、更に事業所得の金額は、総収入金額から必要経費を控除して算出することとしているのであるから、その収入、支出の一部がたとえ少額であるとしてもこれを省略することは許されない。従って、日当について各費目ごとの具体的な支出年月日、支払先、支出金額等を明確にする必要も帳簿に記載する必要もないとの主張は失当である。

3(一)  原告の反論1(四)(4)<1>は争う。

法四九条は強行規定であるから、原告の主張の失当なことは明らかである。

(二)  同1(四)(4)<2>のうち、本件複写機につき原告のいわゆる現金主義による経理を容認すべきであるとの主張は争う。

いわゆる現金主義により所得計算を行なうことが出来るのは法六七条の二に規定する要件に該当する場合に限られるところ、原告は同条所定の要件に該当せず、また令一九七条一項による所轄税務署長への届出もしていないのであるから現金主義により所得計算を行なうことは認められない。もともと償却費の計算についてはこの特例の規定の適用はないのであるから(令一九六条二項)、原告の主張は失当である。

(三)  同1(四)(5)は争う。

陳腐化を理由に減価償却資産の取得価額をその取得の年分の必要経費に算入することを許容する法令上の根拠はない。もっとも、著しい技術革新、経済情勢の変化による特別の陳腐化、不適応化については別途耐用年数の短縮等の制度によって処理することとなる(令一三〇条、一三三条の二)が、本件複写機には右特例に該当する特別の陳腐化等の事由は存在せず、また原告は所轄国税局長の承認を受ける等の耐用年数短縮のための手続を履践していないので右特例に該当しないものである。

4  原告の反論1(五)(3)は争う。

六  被告の再反論に対する原告の認否

原告が令一九七条一項所定の届出及び令一三〇条、一三三条の二所定の手続をしていないことは認めるが、その余はすべて争う。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第一四号証を提出。

2  乙第一号証の一ないし四の成立は不知。第二、第三号証の成立は認める。

3  原告本人尋問の結果を援用。

二  被告

1  乙第一号証の一ないし四、第二、三号証を提出。

2  甲各号証の成立はすべて認める。

理由

一  請求原因1の事実及び被告の主張1(一)別表二の区分1「確定申告額」、区分6「退職給与引当金」、区分8「旅費交通費」の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二1  本件顧問料収入について

(一)  被告の主張1(二)(1)、(2)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  弁護士の顧問料収入が事業所得(法二七条一項、令六三条一二号)に当たるか、給与所得(法二八条一項)に当たるかについては法及び令に明文の規定はなく、結局租税負担の公平を図るため所得を分類しその種類に応じた課税を定めている法の趣旨、目的に照らし、当該顧問業務の具体的態様を考察してその法的性格を判断して決する他ないが、前記の法の趣旨、目的からすると、事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得を言い、給与所得とは、雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付を言うものと解すべきであり、特に、給与所得と認定するについては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重要な判断基準になるものと言うべきである。

(三)  これを本件について見ると、原告が本件年分当時第一東京弁護士会に所属する弁護士で、東京都千代田区内幸町に自己の名による法律事務所を有していたこと、原告と顧問先会社との契約はいずれも口頭でされ、具体的詳細な契約条件は付されておらず、勤務時間、場所については何らの定めもなかったこと、右各契約に基づく相談等は、その都度自己の事務所において多くは電話によってなされたものであって、原告自らが顧問先会社に出向くことはほとんどなく、顧問先会社で原告専用の机、椅子、事務室などを特に用意したことはなく、また顧問先会社からの法律相談ないし鑑定等は、あらかじめ定まった日に定期的にされたわけではなく、各社が必要とする都度不定期的に行なわれ、その頻度及び回数は一定していなかったこと、顧問先会社は、本件顧問契約に係る報酬の支払に当たり法二〇四条一項二号及び二〇五条一号を適用して、これを弁護士業務に関する報酬又は料金として所得税の源泉徴収をしているが、健康保険料などの社会保険料の徴収をしていなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。また、原告が本件年分当時前記事務所で使用人四名を使用して、特定の事件処理のみならず、法律相談、鑑定等の業務をもその内容とする弁護士業を営んでいたこと、原告は常時数社との間で顧問契約を締結しており、これにより特定の会社の業務に定時専従する等の拘束を受けるものでなかったことはそれぞれ原告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は、予約も紹介もない者の法律相談には応じていなかったことが認められるが、依頼者に意見を求められたときにこれに対し法律的な意見、助言を与える意味での法律相談を一切していなかったとの趣旨ではないと解される。また、原告本人尋問の結果によれば、顧問先会社の中には本件年分中一度も原告に法律相談を行なわなかった会社もあること、原告は前記各契約により法律相談等に応じて顧問先会社に対して法律家としての意見を述べる義務を負担することが認められ、右契約に基づく業務が本来の弁護士の業務と別異のものでないことは明らかである。

(四)  右の事実によれば、原告が本件顧問契約に基づき行なう業務は、顧問先会社からの依頼事項に対し、原告が法律専門家としての立場から意見を述べることにあるが、右意見が独立した立場から述べられるものであることはもとより、右依頼事項の処理それ自体についても時間、場所、方法等において何らの拘束を受けることなく、自己の判断と責任において処理されるものと言うことができるから、右契約に基づく業務は、原告が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様に過ぎないものであり、右業務に基づく本件顧問料収入は、給与所得ではなく、事業所得に当たると認めるのが相当である。これに反する原告の主張は独自の立論であり採用できない。

2  本件日当について

(一)  被告の主張1(三)(1)、(2)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  本件日当が原告が事件を受任した時に取り決めた報酬とは別に、事件出張の際にあらかじめ依頼者から旅費、宿泊費とともに支払われた金銭であることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右日当は、その中から旅費、宿泊費に含まれていない出張中の少額の諸雑費の支出が予定されていることが認められ、その限りにおいて右日当の一部には、一面必要経費の前払いとしての性質を有する部分のあることは否定しえない。しかし右日当は、このうち現実に支払った雑費分を超える金額の返還を要するものではないし、またその金額(弁論の全趣旨から一日当り一万五〇〇〇円であると認められる。)に照らして考えても一定期間事務所を離れて当該事件のために拘束されることに対する報酬としての性質をも有することは明らかであるから、本件日当は全額実費弁償金として必要経費に計上することは許されないものであって、本件日当のうち、客観的に業務と直接関係をもち、かつ業務の遂行上必要な目的のために支出されたもののみが必要経費として控除されうるものと言わなければならない。

しかるに原告は、単に本件日当はその出張の日時に受領書と同額をすべて必要経費として支出したと主張するにとどまり(もとより本件全証拠によるも右事実を認めるに足りない。)、各費目ごとの具体的な支出先、支出金額を明確にせず、また、原告は青色申告者であるのに、原告本人尋問の結果によれば、原告は右諸経費の支出年月日、支出先、支出金額を確認するに足りる何らの帳簿上の記載もせず、原告自身現在では右各項目を明らかにすることが出来ないことが認められるから本件日当を必要経費と認定することは許されないと言わなければならない。よって、原告の主張は採用できない。

3  消耗品費及び減価償却費について

(一)  被告の主張1(四)(1)、(2)の各事実は、当事者間に争いがない。

従って、法四九条により法三七条の必要経費に算入すべき金額は、令一二〇条以下に定めるところにより計算した金額(減価償却費)となる。

(二)  原告は、法四九条、令一二〇条以下の規定は減価償却資産の償却の原則を定めたものにすぎず、他の償却方法を選択し、特に一時に全額を償却し、あるいは購入年分の必要経費とすることも許される旨主張する。しかしながら、法四九条及び令一二〇条の二によれは、令一二〇条に定める以外の特別な償却の方法によるには所轄税務署長の承認を受けなければならないこととされており、使用可能期間が一年未満であるもの又は取得価額が少額な減価償却資産に限り、例外としてその業務の用に供した年分の必要経費に算入することとされている(令一三八条)ところ、右各規定は強行規定であって、これと異なる処理をすることを許さぬ趣旨であることは明らかである。しかして、原告が所轄税務署長の承認を受けたことについての主張・立証はなく、また、本件複写機が令一三八条に定める場合に当らないことも明らかであるから、原告の右主張は採用できない。

(三)  更に原告は、原告の事務所は小規模の個人事業であり、五〇年間いわゆる現金主義の慣行により経理をしてきたので、右現金主義により本件複写機の取得費を昭和五一年分の必要経費に算入することが許される旨主張する。

しかしながら、小規模事業者の収入及び費用の帰属時期の特例を定めた法六七条の二、令一九六条二項によれば、償却費の規定の適用を受けるものについてはいわゆる現金主義が適用されえないことは明らかであるのみならず、令一九七条によれば、右特例の適用を受けるためには所轄税務署長に右適用を受けようとする旨の届出をしなければならないとされているが、これが届出をしていないことは原告の自認するところである。そして先に説示したとおり法四九条の規定は強行規定であるから、原告が法六七条の二の適用を受けない以上原告においていわゆる現金主義により法四九条令一二〇条以下の定めと異なる償却の方法をとることは許されないものと言わなければならない。よって、原告の右主張は失当である。

(四)  ところで、本件複写機は、原告が昭和四九年四月富士ゼロックス株式会社から賃借し、同五一年一二月これを買い取ったものであることは当事者間に争いがないので、耐用年数省令三条一項により昭和五一年一二月以後の使用可能期間の年数によるべきところ、耐用年数の適用等に関する取扱通達一-五-二によると、残存耐用年数の見積りが困難であるときは、法定耐用年数の一部を経過した償却資産についてはその法定耐用年数から経過年数を控除した年数に経過年数の二割に相当する年数を加算した年数(その年数に一年未満の端数があるときは、その端数を切り捨て、その年数が二年に満たない場合には、二年とする。)を残存耐用年数とすることができる旨の簡便法が定められており、弁論の全趣旨によれば、中古資産の残存耐用年数の算定はもっぱら右通達によって運用されており、本件複写機についても残存耐用年数の見積りが困難であると認められるので、右通達により算定することが合理的と考えられる。そして成立に争いのない乙第二、三号証によれば、富士ゼロックス株式会社は昭和四八年一月、本件複写機と同一機種であるゼロックス二二〇〇型複写機を新たに製作し、レンタルを開始したことが認められるから、本件複写機の経過年数は最大四年であることが認められ、また、耐用年数省令一条一項一号、別表第一によれば本件複写機の法定耐用年数は五年であるので、別表五(一)記載の被告主張のとおりの計算で本件複写機の残存耐用年数は二年と見積るべきこととなる。

そして弁論の全趣旨によれば、原告は償却方法を選定しなかったことが認められるので法四九条一項、令一二〇条一項一号、令一二五条一号により定額法により償却すべきこととなるところ、令一二六条一項一号イ、一三二条一項一号イ、耐用年数省令四条、五条、別表第一〇、第一一に従って計算すると別表五(二)記載の被告主張の算式のとおり減価償却費は昭和五一年分一万二七五〇円、昭和五二年分一五万三〇〇〇円となる。

(五)  これに対し原告は、本件複写機は陳腐化により価値を喪失したので、その取得価額全額を一年で償却すべきものであると主張する。しかしながら、本件複写機が昭和五一、五二年当時価値を喪失していたと認めるに足りる証拠はない。のみならず、当該資産が陳腐化した場合の耐用年数の短縮については、令一三〇条一項三号、六号、一三三条の二第一項の規定によらなければならないのであるが、原告が右各条項に定める所轄国税局長の承認を受けていないことは、当事者間に争いがないから、いずれにしても原告の右主張は理由がない。

(六)  従って、昭和五一年分の消耗品費三四万円を所得金額に加算し、昭和五一年分一万二七五〇円、昭和五二年分一五万三〇〇〇円の各減価償却費を所得金額から減算すべきである。

4  本件寄附金について

被告の主張1(五)(1)、(2)の各事実及び本件寄附金がいずれも原告の事業所得を得るための必要経費に該当しないことは、当事者間に争いがない。

原告は本件寄附金は人間として社会生活を営むために必要な寄附である旨主張するが、これを直ちに所得金額から控除すべき何らの法律上の根拠はないし、また、本件寄附金のうち小島信二に対するもの以外の寄附金が法七八条二項所定の特定寄附金に該当することを認めるに足りる証拠はない。よって、原告の右主張は失当である。

5  青色申告控除について

被告の主張1(六)(1)の事実は、当事者間に争いがない。そうすると租税特別措置法二五条の三第二項により昭和五二年分の青色申告控除額は零円となるから、同年分の事業所得に一〇万円を加算すべきである。

6  以上の説示によると、本件年分の原告の事業所得金額は、別表二記載のとおりとなる。

三1  被告の主張2の事実は、当事者間に争いがない。

2  被告の主張3(一)の事実は当事者間に争いがなく、本件顧問料収入が給与所得ではなく事業所得に当たることは二1に説示したとおりであるから、本件顧問料収入は右争いのない本件年分の給与所得の確定申告額から減算すべきである。そうすると、本件年分の給与所得の金額はいずれも零円となる。

四  してみると、昭和五〇年分については事業所得二七七三万〇五四二円、給与所得零、総所得金額二七七三万〇五四二円、昭和五一年分については事業所得四〇八万八九九三円、利子所得五六万〇四四一円給与所得零、総所得金額四一三六万九四三四円、昭和五二年分については事業所得(欠損)八六五万八九六五円、利子所得一四三万二二九三円、給与所得零、総所得金額(欠損)七二二万六六七二円となるので、本件更正(但し、昭和五一、五二年分については本件再更正により一部減額された後のもの)は適法である。

五  被告がその主張するとおり原告に対し本件過少申告加算税の賦課決定をしたことは当事者間に争いがない。

原告は、本件顧問料収入及び本件日当についての法律判断の相異により過少申告となったのであるから、過少申告加算税を賦課することは許されないと主張するが、右はひつきょう原告が独自の理論に基づき法律解釈を誤ったものにすぎず、到底国税通則法六五条二項の正当な理由があると認められる場合に該当しない。よって、本件加算税の賦課決定が適法であることは言うまでもない。

六  以上によれば、本件処分はすべて適法であり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 満田明彦 裁判官 田中信義)

別表

1.昭和五〇年分

<省略>

2.昭和五一年分

<省略>

3.昭和五二年分

<省略>

別表 二

<省略>

別表 三

<省略>

別表 四

<省略>

別表五 償却費の計算明細

(一) 耐用年数の見積り

法定耐用年数 経過年数

六十月―四八月+(四八月×〇・二)=二一・六月=一年一〇月

‥‥二年(二年未満につき二年)

(注) 経過年数

富士ゼロックス株式会社における二二〇〇型複写機のレンタル開始は昭和四八年一月であるから、原告が同五一年一二月右と同型式の本件複写機を取得するまで(同四九年四月原告が本件複写機のレンタルを開始するまでの経過期間を含む。)、最大四年(四八月)の経過年数が見込まれる。

(二) 償却費の計算

(注) 耐用年数二年の場合の定額法の償却率は、〇・五である(耐用年数省令別表一〇)。

1.昭和五一年分

取得価額 残存割合 償却率 事業の用に供した期間割合

<省略>

2.昭和五二年分

<省略>

別表 六

<省略>

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